世界で広がりをみせる「冬期湛水農法」で200年の伝統を誇るスペイン・バレンシアの田んぼ

お米だけでは黒字にはならない

バル

スペインの人々は、会話を交わすのが好きです。例えば、バルに入っても、カウンターのあたりに集まり、おしゃべりをします。おしゃべりはまた、貴重な情報交換でもあります。

  • 農具
  • 標識の絵の子どもたち

バルには農具が飾られていました。標識の絵の子どもたちも、元気そうです。

マグロナールさんの田んぼの写真

マグロナールさんの田んぼは8ヘクタールで、米作りだけでは黒字にはならないそうです。 マグロナール「田んぼには、EUから補助金が出ます。今年は、1ヘクタールについて1,100ユーロでした。米作りに、補助金とレストランを併せて経営を維持しています。常に様々な情報を入手し、経営計画を立てています」

  • 田んぼ
  • パエリア用の道具

マグロナールさんは、最近、田んぼを買い足したそうです。

マグロナール「パエリア用に、ずっとジャポニカ米を作っています。友人たちは、私が趣味で米作りをしているように感じているかも知れません。好きだからというのもありますが、必要だからです。8キロ先のソイヤナの生まれですが、ここで結婚し、愛着のあるこの地で生涯を過ごしたいと思っています。最近、田んぼを2ヘクタール買い足しました」

マグロナール「米を作っていると、四季で景色が変わります。美しいですね」

  • バレンシアの中央市場1
  • バレンシアの中央市場2
バレンシアの中央市場でのお米

バレンシアの中央市場でのお米の販売価格は、1キログラム1.15〜3.50ユーロでした。

マグロナール「安いタイ米も入ってきます。有名なバレンシアオレンジにしても、儲けが出なくなりつつあります。近隣国から、安いオレンジが入ってきますから」

クボタトラクタのディーラーでごちそうになった「Kaki」

  • 果樹園
  • 柿

お話を聞きにお伺いしたクボタトラクタのディーラーの事務所でご馳走になったのは柿でした。AGRO-ATES S.LL..のホセ・ビセンテ・ペリス・ピスクエタさんのお話によりますと、バレンシアの果樹園の3割ぐらいが柿の生産に従事しているそうです。生産過剰と近隣国からの安いオレンジの輸入により、オレンジの値段が下がったために、高い柿に転換しているそうです。6年程前に日本の柿を採用し、名前もそのまま「Kaki」と呼んでいました。農業経営では、ときにさまざまな経営戦略の転換が求められます。

  • クボタトラクタのディーラーの事務所
  • 写真の中央がペリスさん。左がクボタスペインの嶋田社長、右がクボタスペインのヒルさんです。

「バレンシアと日本は似ている」

ペリスさんにお聞きしましたら、バレンシアと日本は似たところが多いのだそうです。例えば、「取引にしても契約書ではなく、互いを信じ、約束を重んじる点が似ています」とのことでした。稲作は水の共同管理をはじめとして、互いの信頼関係が必要なため、良く似た心のありようは、同じ米作りに由来しているのかも知れません。

  • クボタのトラクタ1
  • クボタのトラクタ2

クボタのトラクタについての評価をお聞きしましたら、「故障しにくいという点が、口コミで広がっています」とのことでした。

ペリスさんからも「日本の稲作農家の方は、どんな感じでお米を育てていますか?」というご質問をいただきました。日本の稲作農家は、商品作物の栽培というより、我が子を慈しむようにお米を育てている旨をお伝えしますと、にっこりと笑って「バレンシアも、同じです」とおっしゃっていました。

「米のゆりかご」

ガルシアさんがバレンシアの農業組合に案内してくださいました。ここにはスペイン各地からお米が集まって来て、良質の種籾を選別するセンターだそうです。種籾は再びスペイン各地に出荷されるそうです。同じエリアに食用米を選別するセンターもあり、この地域がスペインの米作りの、まさに中心地です。

出荷されるお米1

これが出荷されるお米です。食用ではなく、種籾です。一袋が25キログラムです。

ガルシアさんに、スペインきっての米どころ・バレンシアへの思いについてお聞きしました。

出荷されるお米2
  • 米作り1
  • 米作り2

ガルシア「スペインの米作りはすべて、このバレンシアの人々が移り住んで、ノウハウを持ち込み、始めたのです」

  • 米作り3
  • 米作り4

ガルシア「1930年代から、いまは米どころと言われるエブロ河周辺やセビリヤにしても、バレンシアの人々が米作りを始めたのです」

バレンシアの田んぼ

ガルシア「スペインの米作りはここで生まれ、育まれたのです。この地がスペインの『米のゆりかご』なのです」

12歳のときから60年間、この地で米作りを続けてきた誇りに満ちた笑顔で教えてくださいました。

柿をごちそうになったクボタトラクタのディーラーのペリスさんに、日本に似ていると教えてもらったバレンシアの田んぼ。湖のような冬期湛水農法の田んぼには目をみはりましたが、取材への協力として農業組合やアルブフェラ湖を案内してくださった農家の方々の人柄にふれると、ペリスさんの言葉を実感しました。長い年月をかけてアルブフェラ湖の5分の4を田んぼに作りかえたこの地域と、稲作に不適な気候と国土を克服した日本は、互いを重んじる心と、米に対する愛情という共通点があるのでしょう。バレンシアの田んぼではこれからも、「米のゆりかご」の地の誇りを受け継ぎ、黄金色の稲穂が輝き続けると思われます。

取材・文責:くぼたのたんぼ管理人

協力:根本実香 (福岡スペイン友好協会理事/オフィス・ミラソール) 飯田真一 (オフィス・ミラソール) Ulises Menezo (オフィス・ミラソール) 小林洋一 (スペイン政府公認日本人通訳協会A.I.N会員)

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