日本の3倍以上お米を食べる国。米輸出大国復活に向けて機械化に舵を切ったミャンマーの田んぼ。

年間約2,642万トンの米生産量 (籾ベース・FAO (国連食糧農業機関) 統計)、一人当たり210kg (FAO統計) の米消費量といずれも日本の3倍以上であるミャンマーは、米の国と呼ばれています。GDP (国内総生産) の約4割を農業が占め、全人口の約6割が農村に居住し、就業人口の約6割が農業に従事するとされている農業大国です。

  • 街並
  • 屋台

ミャンマーは地理的にはインド、中国に囲まれる形で両国と長い国境線を有し、またタイ、ラオス、バングラデシュとも国境を接しています。地形は東西約1,000kmに対して南北約2,000kmと細長く、ベンガル湾、アンタマン海に面しています。国土面積は約68万k㎡、人口5,344万人 (FAO統計)。日本の1.8倍近い国土に、日本の約半分の人口を擁しています。

ミャンマーは1930年代には世界最大の米輸出大国でしたが1962年の社会主義政権以降はその地位を失いました。国内米価を海外市場から遮断して、米を内需向けに低価格で安定供給することを優先し、結果として米輸出大国の地位を放棄したとも言われています。しかし、2011年に民政移管が実現し、米輸出大国復活に向けて農業灌漑省、農業機械化局を中心に機械化などに挑戦しています。

食堂

ビジネスの世界ではミャンマーは「最後のフロンティア」と呼ばれ、さまざまな国からの参入が始まっています。そして農業の側面では、アジアで最も米生産拡大の潜在能力を秘めた国であり、東南アジアの食料安全保障への貢献が期待されています。コンバインによる稲刈り、精米所の現場など、世界有数の米所であるヤンゴン周辺の田んぼを中心とした、今後も急激な変化を続けるであろうミャンマーの2017年秋のレポートです。

市街

寄付指数世界No.1の国

2017年に世界銀行が発表したさまざまな世界指標のなかで、ビジネス環境としてミャンマーは190カ国中で171位でした。唯一世界No.1なのが寄付指数です。ミャンマー人は食事を倹約してでも、お寺などに積極的に寄付をします。国民の約9割が敬虔な仏教徒で、男女問わず多くの国民が一週間程度の出家をすることでも知られています。「徳」を重んじ、いさかいを嫌う、穏やかでやさしい国民性です。微笑みの国という言葉がありますが、農場でも精米所でも、「ミンガラバー (こんにちは)」と挨拶をすると、誰もが微笑みながら、ときには笑み崩れるようにして「ミンガラバー」とこたえてくれます。

  • ヤンゴンのランドマーク、シュエダゴォン・パヤー (仏塔)
  • チャウッターヂー・パヤー (仏塔) の寝仏

パヤー (バゴダ) は寺院ではなく、仏塔のことです。お釈迦様の化身とされているシンボルです。日本の五重塔のように町のどこからでも見えるような場所に建てられて、人々が拝む対象となっています。

日本の3倍以上お米を食べる国

  • おかずと白ごはん1
  • おかずと白ごはん2

お米の年間一人当たり消費量は日本では1960年が114.9kg、2015年は54.6kgとなっています。ミャンマーの年間一人当たり消費量は約210kgで、日本の3倍以上お米を食べています。昼食と夕食にはお米が欠かせず、日本と同じく米と副菜を一緒に食べるのがミャンマーの一般的な食卓のスタイルです。

朝食として人気があるのが、このモヒンガ―です。米で作った麺にスープをかけて食べます。屋台で食べるのが一般的で、基本は500チャット (約50円) です。これに揚げ物やゆで卵などをトッピングすると600〜800チャット (約60〜80円) となります。スープはヤンゴンでは魚 (ナマズ) ベース、他の地方では豆ベースもあるそうです。

モヒンガ―
おかゆ

これは、大鍋でおかゆを作っているところです。このまま食べるそうです。

これはお米と黒糖から作ったお菓子です。甘くておいしいです。食べてみると、米の粒粒の食感が少し残っていました。これも500チャット (約50円) でした。

お菓子
  • モレサ1
  • モレサ2

これもお米から作ったお菓子です。名前はモレサです。これにココナツミルクを入れて飲みながら、食べます。さまざまな形で、お米が愛されているようです。

この5年間の労働力不足で、ヤンゴン周辺では田植えの姿が消えた

  • 牛1
  • 牛2

ヤンゴン周辺の田んぼでは、あちらこちらで牛が放し飼いにされて、草を食 (は) んでいました。近くで田んぼの刈り株を燃やしていた農家にお聞きしましたら、ミャンマーでは農業の機械化が進み、道が無くて機械が入っていけない田んぼだけに牛を使うという状況になっているそうです。

ヤンゴン周辺の田んぼでは5年ほど前から田植えをする姿が見られなくなったそうです。その理由は労働力不足です。原因は二つあります。一つは海外への出稼ぎです。正確な統計はないそうですが、一説によると、隣国のタイだけでも4〜500万人のミャンマー人が出稼ぎに行っていると言われています。もう一つの原因はヤンゴン、マンダレーといった大都市を中心に建築ブームが起きており、そこに出稼ぎに行っているからです。農村から人が減り、田植えが出来なくなって、直播栽培に転換していっているようです。

ミャンマー仕様のトラクタ

KMCL外観

2015年、クボタはミャンマー農業の機械化や農業経済発展に貢献することを目的にクボタミャンマーを設立しました。本社はヤンゴンから南東約23kmのティラワ工業団地にあります。今回は同社のヤンゴン事務所を訪れて、クボタミャンマーの村田豊一社長と地域営業兼事業開発マネージャのソーヨータさんにお話をお伺いしました。

村田豊一社長とソーヨータさん

村田「ミャンマーとクボタには長い歴史があります。1953年に戦後賠償として、クボタは耕耘機をミャンマーに輸出しました。1962年に耕耘機工場を、1978年にディーゼルエンジン用の鋳物工場を作りました。2011年、タイのサイアムクボタがディストリビューターを通じてミャンマー国内で農業機械を販売し、2015年にクボタミャンマーを設立しました」

  • トラクタ1
  • トラクタ2

村田「ミャンマー農業については、種籾の品質、肥料のやり方、農薬の使い方などさまざまな課題があります。まず、整地から始めなければなりません。手刈りなら田んぼがでこぼこしていてもかまいませんが、コンバインで稲刈りをするには整地されている必要があります。ですから、ミャンマーのトラクタには9割ぐらいに整地用のドーザーを装着しています。まず土地を平らにすることが、ミャンマー農業発展の第一歩です」

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