第十話「弘法 (こうぼう) さまの池」

第十話「弘法さまの池」

今は昔、讃岐 (さぬき) 国 (今の香川県) に満農 (まんのう) の池という大きい池がありました。古い時代、弘広 (こうぼう) 大師・空海 (くうかい) さまが、人々のためにと造られた池です。池の堤は高く広々と海のようでした。堤も崩れず、水は満々とたたえられ、日照りの夏にも、池のおかげでたんぼは乾きませんでした。

川もこの池にそそぎ、大小の魚も多く、釣ればたくさん釣れました。人々は池のおかげ、と喜び合うのでした。

あるとき新しい国守 (くにのかみ) が赴任してきました。

この国の人たちが守 (かみ) の前で雑談するうちに、満農池の魚が話題になりました。

<そりゃあ、大きな魚もいますよ。鯉なんか、三尺 (約一メートル) ぐらいのもいるかもしれません。>

国守は欲深い男だったとみえ、満農池の魚を多くとってやろうと考えました。一尾ずつ釣るのはまだるっこしいと思い、網を打たせようとしましたが、池が深くて、網もむりです。そこで国守は池の堤に穴をあけて、水の落ちるところに魚が入るものを置きました。水は穴からたちまちあふれ、限りもなく魚が取れ、さて、もういいだろうと、穴を防ごうとしましたが、水勢が強くてふさぐことはできません。

もともと、池水の出入りを調節するには、水門を立て、戸をあけしめするしかけがなくてはなりませんのに、これは穴をあけただけでしたから、穴は、くずれて大きくなるばかりでした。あるとき大雨が降り、池へそそぐ川の水かさが増し、池水がみちあふれて、ついに例の穴が大きく崩れました。

土堤 (どて) がこわれて、水しぶきとともに池の水は近くの田畑、人家を押し流しました。

「堤が切れたぞーっ。逃げろーっ」

人々は老人を背負い、子の手を引いて逃げ出します。あたりいちめん、海のようになりました。......

弘法さまが、人々のために、と造って下さった池は、国守 (くにのかみ) の欲心のために、こうしてつぶれてしまったのです。

そして平和でみのりゆたかだった人々のくらしも。......

......人々は今も国守の強欲をにくんで、世々、言いつたえているそうです。

第九話「猫怖じ大夫」