第二話「赤い牝牛」

第二話「赤い牝牛」

今は昔、伊賀の国、山田の郡 (こおり) 、はみしろの里に、高橋の東人 (あずまびと) という人がいました。彼の家は、たいそう裕福でした。

この人が、亡くなった母の恩にむくいようと信仰心をおこし、法華経 (ほけきょう) を書き写して供養 (くよう) しようと思い立ちました。その法会 (ほうえ) には、お経にある仏さまの教えを、わかりやすく講義して頂く、講師 (こうじ) のお坊さんがなくてはなりません。東人はそのお坊さんを迎えるため、使者を出して、こう命じました。

「お前が道ではじめて出会ったお坊さんを、私に縁のあるかただと思ってお迎えしなさい。私は本気でそう命ずるのだよ。くれぐれも違 (たが) えないように」

使者は、かしこまりました、と出かけていきましたが、同じ郡 (こおり) の御谷 (みたに) という村で一人の貧しい僧に会いました。したたか酒に酔って、道ばたで眠っています。鉢や袋を肘にかけ、ひどい身なりです。使者は困りましたが、<はじめて出会ったお坊さん>という供養主の指図があるからには、この人を連れてゆくほかないと思い、<もしもし>とゆり起こしました。

道をゆく人は嘲けって、お坊さんにいたずらしますが、目を覚ましません。しかし使者はやっとお坊さんを起し、ていねいにことの次第を語って、家へつれて戻ります。

あるじの東人はお坊さんを見るなり信仰心を起して拝みました。一日一夜、家のうち深く招き入れて、そのあいだに立派な法衣を調達して、お坊さんに着て頂きました。

お坊さんのほうは思いがけない事態に目をぱちくりしています。

「これは、いったい、どういうことですか」

「実は法会に『法華経』を講じて頂きたいと思いまして」

「とんでもない。私は無知もいいところ、ただ『般若心経陀羅尼 (はんにゃしんぎょうだらに)』をちょっとばかりとなえて、やっと命をつないでいる者ですよ。講師などできるわけはありませんよ」

しかしあるじは許しません。僧は困ってこっそり逃げ出そうとしましたが、あるじはそうと察して見張りをつけていたので、逃げることもできませんでした。

ところが僧はその夜、ふしぎな夢を見ます。赤い牝牛 (めうし) がやってきていうのです。

「わたしはこの家のあるじの母でしたが子の物を勝手に使いこんだので、いまは牛に生まれて、その負 (お) い目 (め) を償 (つぐな) っているのです。明日、あるじがわたしのために『法華経』を供養しますが、講師のあなたさまを尊んで、このことをうちあけるのです。わたしのいうことが、うそかまことか、知りたくお思いになるなら、お堂の中にわたしの席を作って下さい。わたしはその席に上がるでしょう」

……そこで目がさめます。

朝になり、法会が始まりました。僧は逃げるひまもなく法衣を着せられ、高座へ登らされます。でも僧は、説法はできません。正直にあやまります。

「まことに申し訳ない。私は無知無学で、何もお話できませんのに、願主 (あるじ) がお許しなくて、この場に坐ってしまいました。ただこんな夢をみました」

そして赤い牝牛の話をすると、あるじはさっそく席を作らせ、赤い牝牛を連れてきました。牝牛はすぐ、その席にのぼりました。あるじは泣き悲しみ、牝牛を撫でさすります。

「これはほんとに私の母上だったのか。そうとも知らず、長年、追い使ってきた。子の物を勝手に使いこんだといわれるが、私はもちろん許しますよ。母上も、どうか私のことをお許しください」

牝牛はじっと聞いていましたが、法会が終ると、息絶えました。あるじは牝牛のため、重ねて法事を行いました。……母の恩に報いたいというあるじの気持、そして尊い「法華経」の霊験が、こういう不思議をあらわしたのだろうと、人々はいい合いました。また、僧の見た夢も、長年、陀羅尼を誦してきたおかげではないか、と人々は尊く思いました。

それにしても、人々の家に寄ってきた動物たち…牛・馬・犬などの動物はみな前世で縁のあるもの、むごい仕打ちをしないで、やさしく可愛がってやらないといけないね、と人々は、子や孫に語り伝えていましめたといいます。

第一話「火に焼けなかったお絵像」

第三話「藁しべ長者」