小野小町(おののこまち) 9世紀頃 (生没年未詳)

小野小町

平安前期の歌人。六歌仙 (和歌の名人といわれる六人の歌人) の一人に数えられる才能あふれる歌人。絶世の美人として誉れが高い。小野篁 (おののたかむら) の孫で出羽の国の郡司・小野良真 (おののよしざね) の娘という説がありますが定かではありません。史実にとぼしく謎に包まれており、その謎がさまざまな伝説をもたらしています。

美しさと和歌の才能でスーパーアイドルに

小野小町はまず、絶世の美人として知られています。「古今和歌集」の序文で紀貫之 (きのつらゆき) は「小野小町は昔の衣通姫 (そとほりひめ) の系統です。歌には、美人が思い悩んでいるなまめかしさがあります」と小野小町を「古事記」に登場する衣通姫に例え、その美しさと優美な歌を絶賛しています。衣通姫は、その肌の美しさが衣を通して光輝いていた、という伝説の女性です。

「古今和歌集」では小野小町は、さまざまな相手と恋の歌のやりとりをしています。数々の浮き名を流し、言い寄る男性を美しさと歌の才能で魅了しながら、実際には寄せつけなかったとも伝えられています。自分に思いを寄せる深草の少将を、百晩通わせる説話はよく知られるところです。

自分に思いを寄せる深草の少将に対して小野小町はいいました。「私の所に百夜通い続けたら、思いを遂げさせてあげる」と。この小町の言葉を信じ、深草から小町の住む小野の里まで約5km、深草の少将は毎晩通い続けました。小野小町は榧 (かや) の実で少将の通った日を数えていました。ところが99日目の雪の日、少将は99個目の榧の実を手にしたまま、死んでしまいました。小町は後に供養のため、榧の実を小野の里に蒔いたといいます。

花の色は 移りにけりな いたづらに

「古今和歌集」の他にも「新古今和歌集」や「後選集」にも小町作といわれる歌があります。私家集の「小町集」もありますが、これは偽作や他人の作品が混ざっているようで、実際に小町の歌かどうかは疑わしいそうです。小町作といわれる和歌は百二十首ほどありますが、小野小町の作品とはっきり認められているのは「古今和歌集」に収録されているわずか十八首ということになります。なかでも有名なのが次の一首です。

「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」

この歌の「花の色」の解釈については、桜の花の色のみを歌っているという説と、小野小町の美しさを花の色に例えているという説があります。後の説によりますと、歌の大意は、「美しい花の色は、色あせてしまった。この長雨が降っている間に。それと同じように、私が物思いにふけっている間に、私の若さも過去のものとなってしまった」といったところでしょうか。これが後の、晩年不幸説につながるのかもしれません。

小町の晩年伝説

小野小町には、不幸な晩年を送ったとされる伝説があります。高野山を出て都に上って来た僧が夕ぐれ、路傍の卒都婆 (そとば、供養のために墓に立てる板) に腰かけている老女を見て、その行為をとがめたところ、逆に老女から仏の道を説かれます。この老女が、容色が衰え、生活に困り、ちまたをさまよっていた小野小町だったというのが、能の「卒塔婆小町」です。

「あなめ小町」では、小野小町はついにどくろ (頭蓋骨のこと) となってしまいます。ススキだらけの野原の中で「あなめあなめ」 (ああ、目が痛い) と声がするので、僧が立ち寄ってみると、どくろがあって、その目からススキが生えていました。抜き取ってやると、それは小野小町のどくろであり、痛みがとれて成仏したというお話です。

和歌の力で早魃をとめた雨降り小町伝説

小町伝説の有名なものに雨降り小町があります。旱魃 (かんばつ) で万民は耕作の種を失い、嘆き悲しんでいました。溜め池はかれ、道は灰のようになっていました。高名な僧や陰陽師が降雨術を行いましたが、いっこうに効果がありません。そこで、小野小町が召しだされ、神泉苑 (しんせんえん) で一首の和歌を詠みました。

「ちはやぶる 神もみまさば立ち騒ぎ 天の門川 (とがわ) の樋口あけ給へ」

「神様がいらっしゃるなら、立ち騒いで、天の川の樋口をあけてください」といった歌です。そして、この和歌を書いた短冊を神泉苑の池に浮かべると、たちどころに比叡山から黒雲がわき、大雨が降り、五穀成就したと伝えられています。

小野小町の人物像は謎であり、すでに平安時代中期から伝説の人となっていました。その伝説はいまも生き続け、全国各地に小町伝説が残されています。美しさの対極としての老後の姿。雨を降らせて旱魃をとめる神通力。降雨術は稲作の国・日本にとっては最も有益な超能力であり、高名な僧や陰陽師がこれに取り組んでいました。和歌の力で旱魃を食い止めた雨降り小町の伝説。そんな伝説が生まれるほど、小野小町の美しさと才能は、まさに魔力的だったのでしょう。

空海

安倍晴明