縄文時代日本への伝来

縄文時代

今の「日本の米」であるジャポニカの栽培は長江の中・下流域で始まったとされています。
稲作の日本への伝来と伝播にはさまざまな説があります。

インドのアッサムや、中国・雲南の山岳地帯に始まった稲作が、

  • 長江に沿って東へ進み、やがて朝鮮半島を経て西日本に上陸した。
  • 長江下流から北九州の対馬を越えて直接海を渡ってきた。
  • 台湾経由での島伝いに来た。
  • 朝鮮半島から直接日本海沿岸にたどり着いたという「北方の道」。

などさまざまです。アジアの稲作圏に最後に仲間入りした日本は、一つではなく複数のルートで稲作を受け取ったのかもしれません。
日本に上陸した稲は、各地に広がって定着します。それは余剰を生み出す社会の始まりであり、日本という国家誕生の始まりでもありました。

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